カテゴリー別アーカイブ: 3. 俳優塾(クラス&セミナーなど)

即興(Improv)

スキルを増やすべく、最近はいろいろと新しいクラスやレッスンをとっています。

improvbooks

そのひとつが、「即興」。英語ではimprov、improvisation(インプロ、インプロビゼーション)。

台本や打ち合わせは一切なく、その場でシーンを作り上げていくインプロ。とはいえ、こちらで学べるコメディのインプロは、自由な中にもルールがあります。思いついたことを何でも言って良いというわけではなく、目の前で作り上げられていくストーリーの核心を瞬時に理解し、そこに建設的に貢献できるように自分のストーリーやコメディの要素を加えていかなければいけません。

台本も打ち合わせもなく、お客さんの目の前で、コントを作り上げていく。

しかも、英語で。

考えただけで膝がガクガクして冷や汗が出てきます。ご飯も喉に詰まりそう。あいたたたた。

しかしながら、このインプロ、何が起こっているかを把握するリスニング力と観察力、オリジナルの要素を思いつくクリエイティブ脳、そして、瞬時に情報を処理し、大事な瞬間を逃さずに行動を起こす瞬発力を鍛えるのにもってこいなんですよ。

度胸も試されます。一緒にステージに立つパートナーが考えている/作り上げてきたストーリーを私がぶち壊してしまうのでは、 英語がちゃんと聴き取れていないのでは、というセルフ・ダウトを常に抱えている身にとって、腹をくくってシーンに飛び込むには、毎回のこととは言えど、とても勇気がいります。自分を奮い立たせて「えいやっ」と飛び込まないと、硬直したまま、何もできないまま、シーンが終わってしまう。

おかげで、クラスに行って3時間みっちりトレーニングした後の神経のすり減り様は半端じゃないです。お腹もペコペコ。定期的にクラスをとり、一般向けにも3回パフォーマンスをしましたが、こればかりは慣れません。

ニューヨークのインプロの歴史はけっこう古く、毎晩のようにオフ・ブロードウェイやオフ・オフ・ブロードウェイのどこかの舞台でインプロのパフォーマンスを観劇できますし、インプロを学べる専門のスタジオや小規模のワークショップがいくつもあります。ご興味のある方は是非チェックしてみてください。

Mahoatimprovshow客席から撮ってくれたパフォーマンス中の私(左)。

俳優式、とっておきの英語学習法

EikoActingModel: Eiko Kawasima, Photo: Peter Ou Photography

ニューヨークで英語を学んでいる、もしくは学びたいと思っている日本人のみなさん、試しに演技のクラスをとってみませんか?

ニューヨークには、一般の方でも参加できる演技学校のクラスや、不定期で参加を募集しているワークショップがたくさんあります。わたしが2年間通った演劇学校にも、アーティスト、弁護士、ミュージシャン、医者などを本職にしながら演技を学んでいる生徒がたくさんいました。

演技のクラスとひとくちに言っても、台本の中の1シーンを発表する「シーンスタディ(Scene Study)」や、ゲーム感覚のエクセサイズを行う「インプロ(impro, improvisation = 即興)」など、教えてくれる内容はよりどりみどり。

経験ゼロ、英語の台詞、人見知り…などなど不安要素はたくさんあるかと思いますが、今回は、英語で演技を学ぶことによって、演技を通して英語を学べるメリット(ややこしくてすみません)についてお話したいと思います。

☆演技のメリット1:言葉と感情がリンクする

脳科学の研究者池谷裕二さんの著書(※)によると、人間の脳は、感情が盛んなときほどものごとを覚えやすいように働くそうです。確かに、「事故にあって怖かった」「失恋して悲しかった」「旅行に行って楽しかった」など、強く感情が絡んだ出来事は、思い出として後々まで覚えているものですよね。

演技のクラスは、感情を絡ませながら言葉を学ぶには格好の場です。

例えば、台本に「I love you(わたしはあなたのことを愛しています)」という台詞があるとします。演技の中で台詞から学んだ「I love you」の身に付きかたは、単語帳や小説などから学んだ「I love you」とは違います。

演技の中で「I love you」という台詞を口にするときに感じるのは、相手を心の底から愛しいと思う気持ちや、どんな反応が返ってくるかわからない恐さ、または、心が丸裸にされたような居心地の悪さかもしれません。さらに、感情の動きだけでなく、顔や身体が熱くなったり、緊張でお腹が引き締まるように感じたり、手に汗がにじんだり、といった感覚の動きにも気がつくでしょう。また、相手役の彼/彼女が、泣いていたり、まっすぐこちらを見つめていたり、感極まって胸を抑えていたり、声が震えていたり、触れた手が温かかったり、 などという情報も一緒に受け取るでしょう。

このように、感情、感覚、相手の状態といった、文字や映像から受け取る以上の生きた情報を、台詞の言葉にリンクさせることができるのが演技です。そうした情報が、必要な場面で必要な言葉を語彙の棚から引っぱり出すためのトリガー(引き金)となってくれるので、演技をすることで覚えた言葉は自分のものとして定着しやすい、というのがわたしの考えです。

それでもクラスはちょっと…という方は、好きな映画やテレビドラマの好きなシーンを心を込めてひとりで演じてみるなど、感情を絡めることに重点を置いた別の方法を試してみるのもよいでしょう。

ただ、人前でパフォーマンスをすることで得られるメリットを逃すのは、惜しいように思います。その理由は以下に続きます。

☆演技のメリット2:とっておきの度胸が身に付く

ネイティブ英語スピーカーと話す場面で、こちらの言葉を聞いた瞬間に、戸惑うような、身構えるような「あ、この人は英語あまり話せない人だな」という反応が自分に向けられて萎縮してしまった経験が、わたしには数えきれないほどあります。ほんの一瞬のことですし、相手は悪気がないどころか無意識なことがほとんどだと思うのですが、英語にコンプレックスがある身にとっては毎回きびしい試練に思えます。しかしながら、相手のこうした反応に出くわす度に気後れしていては、英語習得への道のりはさらに長くなってしまいます。

演技のクラスは、気後れしないで英語を話す度胸を身につけるには格好の場です。

自分が他人の目からどう見えるかを気にしすぎていたら、演技はできません。普段は他の人に見せたくないような部分をさらけ出すことは、俳優の大切な仕事のひとつです。怒ったり、恥をかいたり、泣いたり、服を脱いだり、犯罪を犯したり、キスをしたり、実生活では人目をはばかるようなことを観客の前で堂々とする、それがストーリーを伝えるために俳優に与えられた役割です。観客は、日常ではそうそうお目にかからないような人間ドラマを求めて劇場や映画館に足を運びます。

これを繰り返していたら、嫌でも度胸が身に付きそうではありませんか。実際、すべてをさらけ出して演技に没頭している最中は、台詞の英語がうまく話せているかどうかの心配などしている余裕はありません。アドレナリンが洪水状態になりながら必死で演じるどさくさに紛れて、英語の恥ずかしさの壁も一緒に壊してしまいましょう。

☆☆☆

会話というのは、言葉がなくても表情やジェスチャーでかなりの部分が成立してしまいます。ですので、言葉を上達させたければ、話す必要に迫られる機会を多く作るのがよいと思います。演技のクラスは、英語を話す必要に迫られるには格好の場所です。そして何より、演技はとっても楽しいですよ!

もしピンと来た方がいらっしゃいましたら、ぜひとも英語上達の手段のひとつとして検討してみてはいがでしょうか。

HB Studio Bldg2年間通ったHB Studio。世界各地から生徒が学びにくる、すばらしい学校です。


※)わたしの愛読書、池谷裕二氏著「受験脳の作り方(新潮文庫)」第3章(3-3)より。何かを学ぶすべての方におすすめの本です!

アワードシーズン、きたる。

アワードシーズンまっただ中です。

映画賞といえば、2月に授賞式があるアカデミー賞が一番有名ですね。実はその他にも1月2月はたくさんの賞のノミネーションと受賞の発表があり、アメリカの映画界はこの時期が1年の中でいちばん盛り上がります。

これらの賞は、興行収入や観客動員数などで明確な「売れたかどうか」ではなく、「良い映画かどうか」のものさしで作品を評価するという点で重要です。こうした賞の影響力が、アメリカ映画の質の高さを保ってくれていると言ってよい。

映画/テレビ俳優が加盟する労働組合、映画俳優組合(SAG =Screen Actor’s Guild)も、みんなで選ぶ「SAG AWARD(サグ・アワード)」という賞を設けています。

で、その選考のために1票を投じることができるわれわれ組合員には、出演俳優や監督のQ&A付きスクリーニングへの招待やら、映画丸ごとダウンロードの案内やら、DVDスクリーナーやらが、どばばばーっとまとめて届きます。おかげで、その年のノミネート作品のほとんどを観ることができます。

「サグに入ってよかったことある?」という話を俳優同士でしたりしますが、わたしが個人的に一番よかったのってこの特権かもしれません。はは。

Screeners2012写真はうわさのDVDスクリーナー。毎年12月の半ばにまとめて厚紙の入れ物に入って届きます(2012年に届いたものの一部。どちらの映画もアカデミー賞を受賞しましたね)。

入れ物には小さい文字で、「コピーしたり、ネットにアップしたり、公開上映したり、誰かに貸したり売ったり、絶対にしないこと。DVDにはデジタルウォーターマーク(なんだそれ)が着いてるから、不正はすぐに足がつくからね!」と書かれています。

さらに、本編を再生すると、「これは審査用だからね!審査用のDVDだからね!」という警告文が出ます。それも、おっきく、何度も繰り返し出ます。

なるほど。この特権を乱用されては商売になりませんからね。

MY FIRST POPCORN

一方、巨大スクリーン&爆音で映画の醍醐味を味わえるのがスクリーニング。票の獲得にはいちばん効果があると思われますので、アワードねらいの映画はどれもここぞとばかりに開催します。

さっき数えてみたら、わたしがこの1ヶ月のうちにスクリーニングで観た映画は14作ありました。

人生初「映画館deポップコーン」をしたよ、の図→

先に感想を書いた「BIRDMAN」の他には、

ホテルのコンシェルジュと若い従業員の交友と冒険を描いた「The Grand Budapest Hotel
(独特のレトロなスタイルがハマる!有名俳優さんたちがさすがの存在感でチョイ役をやっているのを探すのも楽しいぞ)、

カンヌで監督賞を受賞したスリルと興奮度MAXの「FOXCATCHER
(レスリングの話で男ばっかりと思って敬遠しているみなさん、人間心理の描写がかなり面白いのでぜひ観て!)、

アート界の偽ベートーベン事件か?という「Big Eyes
(俳優さんの演技がすごすぎてキャラクターと一緒に腹が立ったり感動したり感情のジェットコースター体験ができる!)

が面白かった。

Q&Aのセッションがセットになっているスクリーニングもたくさんあります。監督のディレクション、俳優の役作り、オーディションのプロセスといった舞台裏のお話をじきじきに伺うことができとても勉強になるので、できるだけ行くようにしています。俳優ばかりで映画を観るという状況もこれまた面白い。盛り上がるツボが微妙に違って、内輪ウケっぽい空気が生まれて、エンドロールで出てくる俳優のクレジットのところでここ一番の拍手がどわっと沸いたりして。

今年はこれから2月にかけてノミネーション作品を全制覇する勢いでいきます。アワードシーズンのお祭り気分を最大限に満喫してきまーす。

自主練の味方

Bzzzzz!! Bzzzzzzzzzzz!!!

きたーーーーーー!!!

videoset

これ↑。Amazonさんから、待ちこがれていた荷物が届いた。ビデオカメラと周辺用具一式!!!

ニコリーナを撮るためではありません。

ついこの間終了したカメラ演技クラス(映画やテレビ用の技術にフォーカスしたクラス)で教えてもらったことを生かして、引き続き自分で練習するため。他にも、目の前で演技する代わりにビデオを撮って送ってくれと言われるオーディションが少なからずあるので、ビデオカメラがずっと欲しかった。もろもろに背中を押されて購入。

で、初めてこのカメラで練習した長編映画のオーディションの本番が今日だったのだが、おかげさまでうまくいったよ!最近の映画やテレビ関係のオーディションは、受けたその場で昼寝したくなるような意気消沈状態が続いていたので、すごくうれしかった。これからも頑張ろう!

気になるビデオカメラのクオリティですが、みなさまにはニコリーナの新作ビデオでご確認いただくことになると思いますので、お楽しみに(←あ、やっぱり)。

平田オリザさん監督「Sayonara(さよなら)」「I, Work(働く私)」を観て考えた、日本人の感性とかメソッドアクティングとか

前回に引き続き、ワークショップの後は、劇団「青年団」の舞台鑑賞。ジャパンソサエティづくし、平田オリザさんづくしの一日である。

この舞台、新しい。だってだって、本物のロボットが登場するなんて、聞いたことあります?

「sayonara」には 人型アンドロイド。一目見たら人間の俳優がロボットになりきってるのかと思ってしまうくらい精巧だ。本当にロボットなのかプレイビルの出演者一覧を確認しちゃったもんね。アジア人のお顔立ちだった。

「I, work」のほうは、一目見て機械だとわかるいわゆる“ロボット”が2体(2台?ふたり?)だ。

実は「さよなら」は、去年のThe Public Theaterが主催した311のリーディングの日本語バージョンに出演させていただいたご縁で馴染みがあったので、楽しみにしていた。

平田オリザさんご本人による舞台をみて、納得。これは俳優がロボットになりきるのではなく、本物のロボットを使わないとだめだ!

表情がほとんどなく、台詞も棒読みの本物のロボットが、逆にオーディエンスの想像力をかきたて、ストーリーを効果的に伝えているところが面白いのである。

「I, work」なんて特に、実際は無表情・無機質なロボットが、些細な動きや「間」を有効に使うことによって、豊かな表情と感情があるように見えてくるから不思議だった。

この舞台が日本で生まれたことを考えると、歌舞伎、能、文楽などの伝統芸能など「型」のある娯楽の中で育った日本人は、自分の想像力をコラボさせてストーリーを受け取る感性が鍛えられているのかなぁと思った。日本のアニメにも、あんなキャラ声の話し方の人は実際にはいない&表情も固いという「型」がある。

その日本独特の感性は、世界で受け入れられているようだ。日本人以外の観客にも好評で、満席の会場は拍手喝采だった。

また、クリスチャンベースの考え方とは対照的に、唯一神ではなく「八百万の神」を信仰し、モノに命が宿るという考え方をしてきた日本文化について、質疑応答のところでオリザさんご本人がおっしゃっていたことも興味深かった。ここでは書ききれなくてすみまへん。0104_j_title

さて、「よい脚本」があって、「間」「動き」「台詞のスピード」を計算すれば、頭脳や心のないロボットの演技でもオーディエンスを惹き付けられると証明したオリザさんの演技論は、パチーノさんやデニーロさんの演劇学校”アクターズスタジオ”で有名な、いわゆる“メソッドアクティング”とは真逆のアプローチだと言える。

メソッドアクティングと言えども細かく言うとたくさんの演技論に別れるのだが、基本的にはアクターの内面を重視する方法だ。

わたしも、本場ニューヨークにいるんだから!と鼻息荒らげてメソッドアクティングのクラスを半年ほどとったことがある。「俳優は、自身の人生を役に投影し、舞台上の一瞬一瞬を実際に“経験”しないといかん!」と口をすっぱくして教えてくれた。

そのクラスはよかったけれど、メソッドに傾倒しすぎた場合の限界を感じたのも事実だ。ひと言で言うと、俳優の自己満足で終わってしまうのだ。たまに、メソッド信者のアクターと演技をすると、自分の感情を爆発させるのに必死で、または、いかに(酔った/病気の/眠たい/熱い・寒い…等)感覚を作り上げるかに気を取られて、心の扉がまったくこっちに開いていなかったりするのがそれだ。なんだか、わたしを通り越して、遠いところを見つめているのである。注)相手のこういうことが気になっている時点で集中力が足りませぬ。

オリザさんの「型」重視のテクニカルな演技法も、メソッドアクティングの俳優の内面重視の演技法も、ゴールはストーリーを観客に伝えることである。ストーリーが伝わりさえすれば、そこにたどり着くための方法は何でもいいのだ。

俳優の仕事のゴールも、“自分たちが感じ/考える”ことではなく、“観客に感じ/考えさせる”ことだ、ということをあらためて感じた刺激的な舞台であった。

平田オリザさんのこちらの舞台は、北米ツアー中。ニューヨーク以外でも公演は行われるようなので、興味のある方はぜひ日本国際交流基金のウェブサイトをチェックしていただきたい。