キレイになるのは誰のため?

「モテる見た目は武器になる!=Being Sex Object Is Empowering (※) 」という、現代社会に浸透したこの考えがなぜ間違っているのかをテーマにした若者向けのスピーチをご紹介します

。性的な身体をモノとして扱う Sexual Objetification (=性的外見の客観化)の定義、影響、とるべき行動、の3本立てが13分弱にまとめられています。

The Sexy Lie,  by Caroline Heldman

“(sexual objectification culture now to young people is like)… being raised in a red room, pulled out of that red room, and asked to describe the color red.”

「(今の若者にとって、性的外見を客観化する文化とは、)赤い部屋で育てられ、そこから引っ張りだされ、部屋がどんな色をしていたか説明しなさいと言われたようなものだ。(=認識するのが難しいほどに浸透している)」 

プレゼンをするキャロラインさんは、清々しいほどに堂々としている。もはやスピーチの域を飛び超えて、ドラマチックでさえあるパフォーマンス。最後の部分。

I’d like you to imagine a world where girls and women don’t spend an hour every morning putting on their make up and doing their hair. I’d like you to imagine a world where women are valued for what they say and what they do rather than the way they look. I would like you to imagine a world where instead of spending time on dressing appearance, we’ re actually directed our energies to dealing with serious problems like human trafficking, sexualized violence, homophobia, poverty, hunger.
And lastly, you are the architects of your future. I would like to remind you that sometimes architects have to demolish the paradigms in order to build a better world. My question for you is “What better world will you build?”

「想像してみてください。少女から大人の女性まで、化粧と髪のセットに毎朝1時間かけることがない世界を。女性が、見た目ではなく、発言と行動をもとに評価される世界を。見た目を飾ることに時間をかける代わりに、人身売買、性暴力、同性愛嫌悪、貧困、飢餓といったより深刻な問題の解決のためにわたしたちのエネルギーを使える世界を。
最後になりましたが、あなたは自分自身の未来を築く建築家です。よりよい世界を築くために、建築家はときに既存のパラダイムをぶち壊さなければいけないことを思い出して欲しい。”あなたはどのような『よりよい世界』を築きたいですか?” これがわたしからみなさんへの質問です。」

☆☆☆

現代社会では、広告業界を筆頭にどんどん性的外見の客観化がエスカレートしているという。

客観化対象の96%は女性だそうで、これによって、男女間での消費する側とされる側という力関係が生み出されているとキャロラインさんは話す。

他にも、客観化が進むことで起こる「Self Objectification(=自己客観化。Object=モノという意味。)」の具体例と弊害が挙げられている。自己客観化とは、女性たちが自らの外見を身体や心の声と切リ離し、アクセサリーであるかのように磨いたり飾ったり加工したりすることだ。

広告、グラビア、モデルの被写体として仕事をさせていただいたことのあるわたしには、他人事と思えぬテーマである。

スピーチを聴いて、ファッションもメイクも好きだけど、客観化された「美しさ」に対するプレッシャーが動機になっていた時期もあるので、おっしゃっていることがよくわかった。ちょうど先日、仲のいいモデル友達ともこのテーマの話で盛り上ったところだったので、さっそく転送したよ。

思えば、10代後半で仕事を始めた当時、マネージャーから服の「ダメだし」を散々受けた。こらいかん!クライアントと事務所に迷惑をかけてはいかん!失望させてはいかん!と痛烈に思ったのを覚えている。

焦ったわたしは、いろいろとアドバイスをもらったり、大量の雑誌から、ファッションやメイクの勉強をする日々を送った。また、どうしたら洋服がよりキレイに&スタイルがよりよく見えるかを、キャットウォークやポージングの練習を通して研究した。食事管理や運動もしたし、いいと教えてもらったものを試してみることが趣味のようになった。

しかしだ。

皮肉なことに、どんなに商品のパッケージ(=外見)は「キレイになった」などと言われるようになっても、それに比例して自信がついていったわけではなかった。むしろ実際は気がついていなかったコンプレックスが増えて自信を失っていき、どんどんブサイクになっていくような気さえしたのだ。

時間が経つと、わたしも学んだのかこの違和感はなくなったけれど、もし当時のわたしがキャロラインさんの「Self Objectification」の話を聞けていたら、もっと早くに、一人歩きしていく外見(身体)と取り残された心の折り合いをつけることができただろうなぁ、と。

アクセサリー的な意味での「美しさ」という価値は、自分に付随しているものではない。社会や時代や個人の好みを反映した「美のスタンダード」を元に外側から与えてもらうものだ。

それゆえ、そこに自分という人間の価値を求めると中身がからっぽになってしまうのではないか。

つまり、本当に「object」になってしまうのではないか。

ファッションやメイクを楽しむこととと、アクセサリー化した「美のスタンダード」の枠の中で価値を高めるために頑張ることは、ぱっと見、やっていることは一緒に見える。でも、その動機の背後に自尊心やクリエイティビティがあるのか、あるいは自己批判や自己否定があるのかという点で、心に与える影響が大きく違うようだ。

(※) Sex Object, Sexual Objectification は、直訳だと「セックスの対象とされるだけの人、セックスの対象として人を扱うこと」です。「Being Sex Object Is Empowering」の訳は非情に悩んだのですが、そのまま「セックスの対象にされることは強みなのか」とすると、意味が狭くなりすぎると思います(「女を使うのは武器になる」もそう。枕営業っぽい。)。「エロい見た目は武器なのか」とするとobjectにする側である他者のジャッジメントの視点が欠けているように思います(「色っぽい」「色気」もそう。これはむしろ「Being Sexy is Empowering」の訳に近い感じか。)。不特定多数の異性から注目を集めるという意味での「セックスアピール」は、日本では「モテる」という言葉で一般化されているように思うので、「モテる」を今回の訳に採用してみました。

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