目の前の犯罪

ぐっと気温が下がったニューヨークの夜8時半。「おーォぅまいがぁぁァァ〜…ぉまいガ〜〜〜」という、薄笑いのまじった、まったりとして甲高い女の声が50回ほど寒空に響き渡ったとき、わたしの中でも「ぶっちぃーん!」と堪忍袋の緒が切れる音がした。、、、と思ったら、自分で「ぶっちーん」と叫んだ声だった。

ただでさえ頭から煙の出そうなデスクワークをしていたから、たまったもんじゃない。オーマイガー女に「プリーズ 静かにしろー!」と叫ぼうと思い、ガババッと勢いよく窓を開けた。

…と、パトカーが道に3台連続して停まっており、その声の元に警察官たちがわさわさと集まってきているのがみえた。

あれ、非常事態??

その数分後、とんとんとん、とドアをノックする音。

チェーンをかけて5cmほど恐る恐る開いたドアの先には、ひとりの警察官が立っていた。IDを確認して本物だとわかると、チェーンを外してドアを開けた。

「何か変な物音を聞かなかったか?」

ーオーマイガーって甲高い声が100回くらい聞こえたよ。

まわりの住人たちも集まってきた。

ーオレも聞いた。若者がふざけ合っているのが聞こえたぜ。

ーいつものように酔っぱらいが叫んでるような感じだった。

警察は、誰が通報したのかわからないので、ビルの住人に詳しい前後関係を聞きたいらしかった。オーマイガーと繰り返していたその女性は、英語が話せず、自分の名前が思い出せず、目すらも開けられない状態だというので、困り果てていたのだ。彼女が何かのドラッグをやっているのは明らかだ。

その後、住人たちの目撃例から、知り合いなのか通りすがりなのか、ひとりの男が、ヘロヘロな彼女を力でどうにかしようと迫っていたらしいということがわかった。

わたしの住むこのエリアの治安は決して悪くない。ヒップスターな若者たちが集い、雰囲気は日本で言う原宿みたいな感じ。警察も頻繁にパトロールしてくれているし、ときに耳栓をしないと眠れないくらい、かなり遅くまで賑やかで人通りの多いエリアだ。

深夜に、奇声、歌声、ケンカ声が聞こえるのは日常茶飯事なので、みんな例の「オーマイガー」もそのひとつとして片付けてしまっていたようだ。自分の窓の真下、道のど真ん中で強姦未遂とは…。さすがにびっくりした。

騒動が一件落着し、わたしが「いつもきてくれてありがとう(※ 大家のばーさん関連で、ここに警察や消防士がくることは日常茶飯事)」、4階に住むフランクが「女性の声には気づいていたけど、いつも警察を呼んでばかりで申し訳ないと思って…」と言うと、若い警察官たちは、

「それが僕たちの仕事だから。いつでも呼んでね!」

「そうそう、喜んで助けに飛んでいくよ!」

と、ドラマのような、さわやかすぎる言葉をかけてくれた。

ニューヨークの警察には不快感と威圧感を覚えた経験しかなかったけど、この言葉と、彼らの誠実そうな笑顔には感激した。あの権威の象徴として見慣れた重々しい紺色の制服が、ここまでスタイリッシュに見えたことがあっただろうか。

人が集まる都会ならではの無関心は怖い。日中のニューヨークで、道ばたで殺人があったのに誰も気づかなかった(気に止めなかった?)なんていうことも過去にあったらしい。

ここでは「異変」の定義が難しいけど、何かに気がついたらちゃんと通報しようと思う。

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